【上野の森美術館】「怖い絵」展 内覧会レポート

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2017年10月7日(土)から12月17日(日)まで、上野の森美術館にて「怖い絵」展が開催されます。10月6日、プレス内覧会が開催されましたので、展示の様子をお伝えいたします。

 

ポール・ドラローシュ作『レディ・ジェーン・グレイの処刑』。
目隠しをされ、傍らの司祭に手を導かれる純白の少女。傍には切れ味の悪そうな斧を手にした男が控え、左手には泣き崩れる二人の侍女の様子が描かれています。
ひと目で、それが凄惨な処刑の場面であることは見て取れる。しかし、私たちの想像力はそこで止まりません。

なぜ彼女は死ななければならなかったのか?
足元に敷き詰められた藁は、血を吸うためのものなのだろうか?
公開処刑なのだろうか?画面の手前にはどのような人たちがいるのだろう?

 

これまでの絵画鑑賞とは、色彩、タッチ、表現法などをもとに、感性を頼りにして心のままに感じるもの、というのが一般的なイメージでした。しかしそういった風潮の中、作家・ドイツ文学者の中野京子氏が2007年に出版した『怖い絵』は、「恐怖」をテーマに、絵画の時代背景や隠された物語を読み解く美術書として好評を博し、各方面で大きな反響を呼びました。

中野氏は「絵画、とりわけ19世紀以前の絵は、『見て感じる』より『読む』のが先だと思われます」と語ります。
想像力が恐怖を生む。「知識」は、その恐怖をさらに深め、全く違う角度から光を当ててくれるのです。

 

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刊行10周年を記念して開催される本展覧会では、シリーズで紹介された作品を中心に、展覧会に向けて新たに選び抜かれた作品約80点を展示。
「この絵はなぜ怖いのか?」
作品の恐怖を読み解くヒントともに、今までになかった視点で作品の魅力に触れることができる、大変貴重な機会となります。




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1章 神話と聖書

2章 悪魔、地獄、怪物

3章 異界と幻視

4章 現実

5章 崇高の風景

6章 歴史

 

本展覧会は、全6章構成となっています。人間の現実を脅かす超自然界や異界の住人たち。私たちの生と隣り合わせに潜む病気や犯罪、戦争。時に、福音をもたらすはずの神々でさえ、人間たちに過酷な懲罰を課し、命を奪い去ります。
「恐怖」とは、私たち人間の本能であり、根源にあるもの。この章立てを見て、「人間の歴史」とは「恐怖の歴史」でもあるのだと、あらためて思わずにいられません。

それでは、中野京子氏の解説をもとに、展示作品の一部をご紹介いたします。

 

ポール・セザンヌ《殺人》

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ポール・セザンヌが描いた、荒々しい、獰猛な殺人者たちの犯行場面。個人的にはポール・セザンヌといえば静謐な構図が印象的だったため、獣のような殺意が充満する本作には意外性を感じます。
闇に沈む岸辺、たくましい両腕に全体重を乗せて抑える共犯者、振り上げられたナイフ。一体三人はどんな関係で、なぜこのような状況に至ったのか。謎を解く鍵はどこにも見当たりません。

セザンヌは20代後半から30代前半にかけて、こうした暴力的でエロティックな作品を数多く手がけたそうですが、多くが廃棄され、評論家からも黙殺されてきたため、あまり知られていません。しかし本作は、そうしたセザンヌの隠された魅力を私たちに教えてくれます。

 

ウォルター・リチャード・シッカート《切り裂きジャックの寝室》

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ベッド、窓、ドレッサー、ドア・・・誰もいないにも関わらず、部屋には、なぜか危険な気配が満ちているように感じられます。
個人的にも「怖い」と思った一枚です。

19世紀末のロンドンに突如として現れ、5人の娼婦を惨殺した「切り裂きジャック」は、当時から盛んに犯人探しがおこなわれていました。その容疑者の一人として取り沙汰されていたのが、本作を描いた画家のシッカートです。その真相は不明ですが、シッカートは当時から異様なほど切り裂きジャック事件にのめり込み、事件にインスパイアされた絵を描いていました。

本作もまた、ジャックが一時住んでいたとされる部屋をわざわざ借りて描かれました。部屋の主であるジャックの姿は描かれていませんが、まさに「いない」ことが私たちの想像力を喚起し、恐怖心をあおります。

 

チャールズ・シムズ《そして妖精は服を持って逃げた》

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見た目が恐ろしい絵が、「怖い絵」であるとは限らない。本作はその好例です。

森の中で憩う母子のもとに小さな妖精たちがあらわれ、服をどこかへ持ち運ぼうとするという、超自然的なものとの遭遇を描いた絵画。不思議な出来事のわりに親子の反応は静かで、妖精への驚きをあまり感じさせません。しかし、評論家は背後の不気味な森の描写に注目します。

本作を描いたシムズは順調な画家生活を送っていましたが、第一次世界大戦で長男を失い、自身も戦争画家として従軍し、悲惨な状況を目の当たりにします。帰郷したその年に描かれたのが本作。そこには、どこか歪められたシムズの心の状態とリンクする要素が見出せるのかもしれません。シムズはこの後徐々に精神を病んでいき、53歳で入水自殺します。

 

ギュスターヴ・モロー《ソドムの天使》

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ソドミー(男色、獣姦)の語源となった、旧約聖書に登場する「ソドム」。この悪徳の町ソドムに、神は美しい男の姿をした二人の天使を遣わしますが、堕落したソドムの男たちに襲われたため、硫黄の雨を降らせ、町を壊滅させます。

モローは、赤い火の川が流れ、灰塵に帰すソドムを見下ろす二人の天使を描写します。長剣を手にした天使は異様なほどの巨大さで、慈愛に満ちた神の使いというよりも、どこか幽鬼のような不穏さを漂わせています。日本人が天使に抱くイメージはいたってのどかなものですが、聖書における天使は神の命があれば人間を殺すことも辞さない、苛烈な存在です。

そして、神は殺戮の理由を語ることもありません。神の「沈黙」こそ、私たち人間がもっとも恐れてきたものなのかもしれません。


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内覧会では、「怖い絵」の著者である中野京子さんと、本展の音声ガイドを担当した女優・吉田羊さんのトークセッションもおこなわれました。

『レディ・ジェーン・グレイの処刑』の前に登場した吉田さんは、
「まず絵の大きさ、力に圧倒されました。非現実的な感じもしますが、細部を見てみると、斬首のために外されたアクセサリーがあったり、襟元が外されていたり。本当にあった出来事なのだと、より怖さが伝わってきました」
もしレディ・ジェーン・グレイを題材にした舞台があったら、侍女を演じてみたいと語る吉田さん。女優としての想像力を掻き立てられた様子でした。

吉田さんに「なぜ、恐怖というテーマを選ばれたのですか?」と問われた中野さんは
「恐怖というのは、動物のDNAに組み込まれているものなんですね。恐怖があるから、私たちは生き延びてこられた。絵画の中にも、あらゆる種類の恐怖が描かれてきました。この展覧会では、そうした恐怖のバリエーションの多さ、誰でも知っている感情を描いた作品を集めたら面白いのではないかと思いました」
と語ってくださいました。

 

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1975年の一般公開以来、その人気から瞬く間にロンドン・ナショナル・ギャラリーの至宝となった《レディ・ジェーン・グレイの処刑》。縦2,5m、横3mにもおよぶ大画面の中に、イングランド史上初の女王が辿った数奇な運命を描き出す傑作です。
この《レディ・ジェーン・グレイの処刑》を筆頭に、ヨーロッパ近代絵画の巨匠たちによる  “怖い”作品が集結した「怖い絵」展。
ぜひこの機会に足をお運びください!


開催概要はこちら:
http://home.ueno.kokosil.net/ja/archives/14951


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