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この世界に、命を刻め。
【東京都美術館】企画展「Walls & Bridges 世界にふれる、世界を生きる」(~10/9)内覧会レポート

《シエナの聖カタリナ像とその生涯の浮彫り》(部分) シルヴィア・ミニオ=パルウエルロ・保田

 

全世界で長く続くコロナ禍は、日々芸術に携わる人々の心に波紋を呼び起こした。

自分たちの「創る」という営みは一体何なのか?「不要不急」というスローガンのもと、その車輪の下に圧し潰されてしまうのだろうか?

その叫び声に応えるように、東京都美術館は表現への飽くなき情熱を燃やす五人の芸術家を取り上げ、その作品と通底するメッセージに焦点を当てた展覧会を開催する。ココシル編集部では、会場の模様をレポートし、その取り組みを紹介する。

 

展示会場入口

 

2021年7月22日(木・祝)~2021年10月9日(土)まで、東京都美術館にて企画展「Walls & Bridges 世界にふれる、世界を生きる」が開催中だ。

本展で取り上げられているのは、経歴はもちろん、性別も、国籍もバラバラの五人の芸術家たちだ。
「壁と橋」と名付けられたこの展覧会において、一体どのような視点からこの作家が選ばれたのだろうか?実際に作品を見るまでは、私たちはその意図を計り知ることができない。

本展の企画・構成を行った中原淳行氏は「生きる糧としてのアート」という言葉でこの五人のアーティストを貫く横糸とする。これは本企画展のキーワードであると同時に、東京都美術館がミッションとして掲げる言葉でもある。

そう、彼らにとってものづくりとはまさに「生きる糧」なのだ。彼らは日々創造という「糧」を食らい、自らの人生を豊かに彩ってゆく。「Walls & Bridge」は、そんな五人の芸術家のひたむきな情熱の源泉に迫る試みである。

 

 

砂をも燃やす熱情を秘めて。

 

会場は作家ごとに区分・展示されている。こちらでは映像作家ジョナス・メカスのフィルム・プリントが並び、画面奥では約2時間半の映像作品が映写されている

 

ダム建設によって消えゆく村を撮り続けた、増山たづ子氏の写真の数々

 

《川西から見た由布山》 東勝吉



 

地下三階のギャラリーAではズビニェク・セカル氏とシルヴィア・ミニオ=パルウエルロ・保田氏の作品を同時に展示

 

《幽霊》 ズビニェク・セカル

 

五人の芸術家の作風、スタイルにも共通点は見いだせない。おそらく、この展覧会がなければ交わることもなかった五人だろう。
最初はそのことにわずかな戸惑いを感じはしたが、鑑賞していくうちに自分が圧倒的な没入感の中にあることに気づく。それは、作家たちに通底する「熱量」のようなものに影響されたからなのかもしれない。

彼らは全員が「プロ」の作家というわけではない。東勝吉と増山たづ子は高齢を迎えてから作品づくりをはじめた「アマチュア」だが、彼らの作品に込められた衝動と熱情を目の当たりにすれば、そんな区分など何の価値もないことに気づかされる。
彼らの創造は対価を要求しない、「無償の行為」なのだ。乳飲み子が乳を求めるように彼らは作品を作り、自らの生を深めていく。

 

《家族の肖像(4)》 シルヴィア・ミニオ=パルウエルロ・保田

 

《「時を超えて、砂漠に立つ」より》 ジョナス・メカス

 

「今回の展示はCreation(創造)とImagination(想像)がキーワードになると考えています。彼らは創ることでより良く生きることを目指しました。私たちは作品を見て何かを感じ取るわけですが、そこには想像力の働きがあります。創造と想像はその瞬間に同義であり、重なり合うことができる。それこそがまさに芸術の可能性なのではないでしょうか」
と中原氏は語る。

展示にその詳細が記されているが、彼ら五人には作品作りへの強烈な動機付けやバックストーリーがある。中には、それこそナチスによる迫害のようなトラウマに等しいものもある。

しかし中原氏によれば、彼らはそうした自らの「障壁」を創造によって「橋」に変えた人たちなのだ。
橋があれば誰かが「向こう岸」の存在に気づくことができる。そして、その橋を渡るために必要なのが、中原氏の言うImagination(想像力)なのだろう。

 

それでは、本展で取り上げられた五人の芸術家を紹介する。

 

ジョナス・メカス

Jonas Mekas (1922-2019)

 

貧困と孤独の傍らにあった「日記映画」

リトアニアの農家に生まれ、難民キャンプを転々とした後、ニューヨークに亡命。
貧困と孤独のなか、中古の16ミリカメラにより身の回りの撮影を始め、類例のない数々の「日記映画」を残すことになった。

 

本展に出品されている「静止した映画フィルム」の数々

 

《「いまだ失われざる楽園」より》 ジョナス・メカス

 

 

増山たづ子

Tazuko Masuyama(1917-2006)

 

ダムに沈む故郷を写した10万カット

生前「カメラばあちゃん」の愛称で親しまれた増山たづ子。故郷の岐阜県旧徳山村と村民を記録するため、還暦を過ぎてから写真の撮影に挑戦、10万カットにも上る撮影を行った。村は彼女の没後、ダム建設によって消滅した。

 

膨大な写真の量、そして何より注がれた熱量に圧倒される

 

美しい山河、人懐こい笑みを浮かべる人々。旧徳山村は増山が永眠した2006年に水没した

 

 

東勝吉

Katsukichi Higashi(1908-2007)

 

83歳から描き始めた珠玉の風景画

木こりを引退した後、老人ホームで暮らしていた東は、83歳のときから本格的に絵筆を握り、大分県由布院の風景画の制作に没頭。99歳で亡くなるまでの16年間で、珠玉の水彩画100余点を描いた。

 

四季折々で変容する雄大な自然を描き続けた東。要介護の身ながら、驚くべき集中力と熱意を示したという

 

《菊池渓谷》 東勝吉

 

 

シルヴィア・ミニオ=パルウエルロ・保田

Silvia Minio-Paluello Yasuda (1934-2000)

 

敬虔な信仰から生まれた祈りの芸術

イタリアのサレルノに生まれた。彫刻家であった夫 保田春彦を支え、家事と育児に専念しつつ、寸暇を惜しみ、彫刻と絵画の制作にいそしんだ。敬虔なクリスチャンであった彼女の真摯な制作は、切実な祈りそのものだった。

 

本展に出品されている素描のコラージュは本人ではなく、夫の保田春彦氏の手によるもの。彼女は「完成品」をほとんど残さなかった

 

会場で一際存在感を放つ《シエナの聖カタリナ像とその生涯の浮彫り》(部分)。敬虔なクリスチャンであった彼女にとって、制作は信仰の証でもあったのだろう

 

 

ズビニェク・セカル

Zbyněk Sekal (1923-1998)

 

記憶と創造、そして永遠の問い

チェコのプラハに生まれ、反ナチス運動に関わった結果、投獄の憂き目にあい、強制収容所での日々を経て、後年アーティストとなった。40歳を過ぎて取り組んだ彫刻作品は、名状しがたい存在への問いを湛えている。

 

同郷の作家フランツ・カフカ(『変身』『城』など)を好んだというセカル。作品にもどこか通底した雰囲気を感じられる

 

セカルの作品に頻出する「箱」というモチーフ。木製の四角い骨組みはどこか寒々しく、存在の不確かさや不条理を象徴しているようにも思える

 


 

増山はその愛嬌のある人柄から多くの人に愛されていた。展示にちりばめられた言葉からは、その一端を垣間見ることができる

 

本企画展のプロジェクトが緒に就いた時、世界はまだ「コロナ禍以前」であったという(当初は2020年夏開催予定だった)。しかし今や人々の生活は一変し、私たちは日々移り行く「日常の変容」を刻々と感じている。
同時に、日々の生活の中でこれほど「壁」の存在を身近に感じた経験もない。そう思う人は多いのではないだろうか。
それは物理的な「壁」はもちろん、混乱や分断によってもたらされたココロの「ディスタンス」をも意味している。

「Walls & Bridge」で取り上げられた五人の作り手たちは、いずれも「創ること」を通じて「生」に深くコミットしていた。それは他者とは直接関係のない、ある意味で孤独な営みだったのかもしれない。個々の作品が胸に響くのはもちろんだが、そんな五人のアンサンブルを通じて確かな協和音を響かせた東京都美術館の試みはとても刺激的だ。結果的に、それは現在の時勢に深く突き刺さるメッセージとなるだろう。

会期は2021年10月9日(土)まで。
ぜひ会場に足を運んで体験されることをお勧めしたい。

 

 

開催概要

会期 2021年7月22日(木・祝)~10月9日(土)
会場 東京都美術館 ギャラリーA・B・C
開館時間 9:30~17:30 (入室は閉室の30分前まで)
休室日 月曜日、9月21日(火)
※ただし、7月26日(月)、8月2日(月)、8月9日(月・休)、8月30日(月)、9月20日(月・祝)は開室
観覧料 当日券 | 一般 800円 / 65歳以上 500円
※学生の方は無料
※83歳から絵筆を握った東勝吉にちなみ、80歳以上の方は無料
※外国籍の方は無料
※身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳をお持ちの方とその付添いの方(1名まで)は無料
主催 公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館
問い合わせ先 03-3823-6921
公式ページ https://www.tobikan.jp/wallsbridges/
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