国立文化財機構 文化財活用センター〈ぶんかつ〉では、企業や各種団体と連携して、先端的な技術による文化財の複製を製作しており、このたび新たに複製きもの3種が完成いたしました。
いずれも東京国立博物館(トーハク)が所蔵する重要文化財の染織(小袖)2件、絵画1件をもとに製作したものです。
トーハクの監修のもと、数々の文化財修理に携わってきた実績を持つ株式会社染技連(京都市中京区)が一連の製作を統括するかたちで、江戸時代の名品を再現しました。鑑賞に限らず実際に着用することを想定し、3種の複製きものそれぞれに合わせた帯も製作しました。
男女問わず着用体験ができるようSMLサイズを用意しています。
複製の完成により、着用した姿での鑑賞が可能となっただけではなく、きもの本来の用途である身に付けることを楽しむことができます。
文化財の複製は展示イベント、教育普及で公開活用するほか、ミュージアムや企業団体へお貸し出しし、露出展示や調度利用など幅広い用途にご活用いただいています。
今回、完成した複製きものの原作品が特別展「きもの KIMONO」で公開されるのにあわせて、複製きもののうち2種を東京国立博物館平成館1階にて、原作品の製作時期に近い絵画作品を参考に着付けて展示、公開しています。
■複製きもの(1)
若衆がまとう勇猛な鷹模様の友禅染
原作品:重要文化財
振袖 白縮緬地衝立梅樹鷹模様
* 東京国立博物館平成館1階にて展示中
■複製きもの(2)
裕福な奥方が高名な絵師に頼んだ一点もの
原作品:重要文化財
小袖 白綾地秋草模様 尾形光琳筆 通称〈冬木小袖〉
* 東京国立博物館平成館1階にて展示中
■複製きもの(3)
流行を意識した町娘の華やかな振袖
原作品:見返り美人図 菱川師宣筆に描かれたきものを再現
■複製きもの注目ポイント■
【生地】複製きものに使われた素材
複製きものの布地は、(1)は綾、(3)は花紋を織り出した綸子という絹製の織物です。
原作品で使われている、または描かれている材質に近いものを選びました。
(2)の原作品は縮緬ですが、複製きものでは細かい模様の再現性を高めるために平織の絹地としました。
* 綾(あや)…経糸が規則的に浮き沈みを繰り返す織り方。布の表面に斜めの線が表われる。
* 縮緬(ちりめん)…経糸に撚りをかけていない生糸、緯糸に右撚りと左撚りの強撚糸を交互に打ち込んで平織にしたのち、精練する。布の表面に細かい凹凸(皺)が表われる。
* 綸子(りんず)…経緯ともに精練されていない生糸を用いた地紋のある絹織物。5枚繻子あるいは8枚繻子を地に、地紋となる模様は繻子の裏側の組織で織り出す。製織後に精練して仕上げる。
【プリント】インクジェットプリントで模様を再現
複製きものの模様は、原作品の作品画像からデジタルデータでオリジナルの版を作り、インクジェットプリントの技術で布地にプリントしています。
【帯・着用イメージ】きものに合わせた帯も製作
帯の色や模様、幅や結び方は、原作品の製作時期に近い絵画作品を参考にして作られました。
■小倉山荘図
奥村政信筆
江戸時代 18世紀
東京国立博物館
友禅染の模様が鮮やかな振袖を身に付け着飾った若衆が歩く。
■柱時計美人図
西川祐信筆
江戸時代 18世紀
東京国立博物館
白い綸子に墨で菊模様を描いた小袖を身に付ける女性。裾をひき帯は前結びにしている。
製作期間:平成31年(2019)4月~令和2年(2020)3月
監修 :東京国立博物館
製作 :文化財活用センター
【製作統括】株式会社 染技連(京都市中京区)
【生地・帯製織】永井織物株式会社(京都市下京区)
【プリント】スギシタ有限会社(京都市下京区)
■複製きもの(1)原作品
重要文化財
振袖 白縮緬地衝立梅樹鷹模様(ふりそで しろちりめんじついたてばいじゅたかもよう)
縮緬(絹)、友禅染・刺繍
江戸時代 18世紀
東京国立博物館
縮緬を地に、友禅染と刺繍で、衝立にとまる鷹を表わした一領です。
模様の間には「つかみ染」「ばくだん」などと呼ばれる紫の絞りが効果的に配されています。
鷹などの模様を詳しく見ると極めて緻密な糸目糊が置かれ、暈しを多用した華やかな色挿しの友禅染であることがわかります。衝立には、雪持ちの枝ぶりがのぞき、ところどころ紅と金で刺繍された梅花が立体的な彩りを添えます。
いくつか配された衝立の浅葱色の景の中で、梅樹はひとつの立木としてつながり、生命力あふれる印象を全体にもたらしています。
勇猛な鷹をメインに据える模様からもこれが女性の衣装とは考えづらく、若い男性の着用を念頭にあつらえたものかもしれません。
* 複製きもの製作では、友禅染の繊細な表現を細部までプリントできるよう、平織の絹地を採用しました。また、刺繍の部分はプリントで表現しています。
■複製きもの(2)原作品
重要文化財
小袖 白綾地秋草模様〈冬木小袖〉(こそで しろあやじあきくさもよう ふゆきこそで)
尾形光琳筆
綾(絹)、描絵
江戸時代 18世紀
東京国立博物館
尾形光琳が江戸で絵師としての職を得ようと試みた宝永元年(1709年)、最初に寄宿した深川の材木問屋、冬木家の夫人のために描いた小袖であることから、〈冬木小袖〉と呼ばれます。
当時、著名な画家に描かせた小袖を着用することは、裕福な商人の女性たちの流行でした。
この小袖には光琳の落款はないものの、江戸に下向した時期に光琳が好んで描いた秋草図と類似しており、光琳の自筆でしょう。透明感のある藍の濃淡で上半身には桔梗の花むらが広がり、腰から下には菊や萩が咲き乱れる芒の野が描かれています。
腰を境に模様を変える小袖模様の構成は、帯幅が20センチくらいに広がる宝永から正徳年間の特徴です。
光琳の生家はもともと安土桃山時代から続く雁金屋という呉服商でした。
絵師でありながらも着用したときの帯を結んだ姿も想定して、光琳は小袖に描絵を施したのでしょうか。
* 原作品はやや褪色していますが、複製きものでは当初の状態を想定して着色しました。
■複製きもの(3)原作品
見返り美人図(みかえりびじんず)
菱川師宣筆
絹本着色
江戸時代 17世紀
東京国立博物館
目にも鮮やかな紅綸子の振袖をまとった若い女性が、ふと振り返る一瞬を描いています。綸子地には小花模様の地紋が織り出され、菊と桜の花丸模様が鹿の子絞りと刺繍で施されています。
金彩の部分は金糸の刺繍を表わしているのでしょう。
今回の複製では、残念ながら刺繍部分もプリントでの再現となっています。
下げた髪の先端を輪に結んだ「玉結び」の髪型、そこに鼈甲と思われる櫛と笄を挿し、幅15センチほどの破れ七宝模様の帯は、人気の女形役者である上村吉弥によって広まった「吉弥結び」、まさに当時の最新ファッションです。
綸子の模様まで詳細に描くリアリティーは、師宣が房州(現千葉県南部)の縫箔師の一家だったからでしょう。
署名と印章から師宣晩年の作と考えられ、その代表作としてかねてより知られてきた作品です。
* 原作品で刺繍を表わしていると思われる部分は、複製きものではプリントで表現しています。
■複製きもの公開中■
複製きもののうち2種を東京国立博物館平成館1階にて公開しています。
複製きものの展示では、あわせて重要文化財「小袖 白綾地秋草模様」 通称〈冬木小袖〉の修理のための募金をお願いしています。
尾形光琳が秋草模様を描いたきもの〈冬木小袖〉を、皆さまのご支援で未来につなぐプロジェクトです。
〈冬木小袖〉修理プロジェクト: https://cpcp.nich.go.jp/fuyuki/
■特別展「きもの KIMONO」■
会期:2020年6月30日(火)~8月23日(日)
会場:東京国立博物館 平成館 (東京都台東区上野公園13-9)
※会期等は今後の諸事情により変更する場合があります。
特別展「きもの KIMONO」公式サイト: https://kimonoten2020.exhibit.jp/
【文化財活用センター】
文化財活用センターは国内外のさまざまな人が、日本の文化財に親しむ機会を拡大するため、2018年7月、国立文化財機構のもとに設置された組織です。
愛称は〈ぶんかつ〉。
文化財を通じて豊かな体験と学びを得ることができるよう、文化財を活用した新たなコンテンツやプログラムの開発を行なっています。また、国立博物館の収蔵品の貸与を促進する事業や、文化財のデジタル情報の公開、文化財の保存環境に関する相談窓口を開設しています。
文化財活用センターWEBサイト: https://cpcp.nich.go.jp/
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