東京・上野にある東京都美術館では、2020年11月18日(水)~2021年1月7日(木)の期間、上野アーティストプロジェクト2020「読み、味わう現代の書」が開催中です。
この記事では、“誰でも「書」の作品を読み、味わいながら鑑賞できる展覧会” をコンセプトにした本展の展示内容や見どころ、同時開催中(※~12月28日に会期変更)の「読み、味わう昭和の書」についても紹介していきます。
書の鑑賞初心者でも楽しめる!大ベテラン作家たちの鍛え抜かれた表現を堪能
美術全般が好きだけれど、「書」って読みにくいし、いまいち面白みがわからない……と敬遠してしまう方、意外と多いのではないでしょうか。
展覧会をご案内いただいた東京都美術館学芸員・田村さんによれば、今回の「読み、味わう現代の書」は、そんな書道に「よくわからない、親しみづらい」と感じている人でも楽しめるように企画したとのこと。
“現代書道界の顔”の名品が集結!代表作から2020年の新作まで
本展は、公募団体に所属する作家をテーマごとに紹介・その魅力を発信する取り組み「上野アーティストプロジェクト」の第4弾。書の公募展で「近代詩文書(漢字かな交じりの書のこと)」や「かな」の作品を発表してきた、現代の書道界を代表するベテラン作家、
・榎倉香邨(えのくら こうそん)さん
・岡美知子さん
・小山やす子さん
・中野北溟(なかの ほくめい)さん
・村上翠亭(むらかみ すいてい)さん
以上5名の代表作や今年の新作まで、30点以上が展示されています。
作家選出の理由として、田村さんは「新型コロナウイルスの影響で、多くの人がつらい毎日を余儀なくされています。そんな中でも美術館に来てくださる方々には、本当に良いものをご覧いただきたいと考え、超ベテランの先生方の作品を集め、夢の競演を実現しました」と話します。
小山さんは昨年、村上さんは2018年に惜しまれつつ逝去されましたが、榎倉さん・中野さんは今年で97歳、岡さんは88歳とご高齢ながら現役で活動を続けられています。
「ただ作品にパワーがあるからという理由だけでなく、いくつになっても新しい展開に取り組まれ、第一線で素晴らしいお仕事を継続されているそのお姿に、私たちも励まされ、元気をいただけるのではないでしょうか」と田村さんは続けます。
けして押しつけがましくなく、けれど見る者を作品世界に引き込むパワーに満ちた優れた書が並ぶ本展。書の楽しみを知りたいという方にとっては、最高の入門編となるかもしれません。
釈文つきで書の知識がない方も安心
書の鑑賞に慣れていない方へのサポートツールとして、「釈文(しゃくもん)」が来場者全員に配られます。
釈文は、くずし字や異体字を読みやすく活字に書き起こしたもの。釈文と作品を照らし合わせてみると、ただのうねうねした線としか認識できなかった書体もある程度、文字として判別できるように! 筆者も大いに鑑賞の助けとさせていただきました。ぜひ釈文片手に会場を巡ってみてください。
「読み、味わう現代の書」の展示作品を紹介
それでは「読み、味わう現代の書」の展示内容を見ていきましょう。順路の流れで注目作品をピックアップしてご紹介していきます。
◆中野北溟(1923~)
長年にわたり北海道で創作活動を続けられている中野北溟さんは、近代詩文の分野で独自の書風を確立しています。厳しく書法の鍛錬を重ねたうえで、あえて自由な筆づかいでのびのびと書かれた文字が、中野さんの書の大きな魅力。
今年制作された《はれやか》も、清々しさとおおらかさに満ちています。ぜひ筆跡を一度宙でなぞってみてください。まるで風を受けて空に舞い上がるような心地よさを覚えるのではないでしょうか。
コロナ時代を生きる人々への励ましの言葉ともとれ、どこか心が安らぎます。
”宇宙”や”海”といった壮大なモチーフを扱うことも多い中野さん。この《流氷の詩》をはじめ、モチーフにふさわしいダイナミックな作品も得意とされています。
人の囲った枠の中には納まらない、真冬の流氷の圧倒的な存在感や威圧感。淡墨が広くにじんでいるさまは、溶ける氷の姿を表しているのでしょうか。目の前で氷が砕けたかのように放射状にのびる飛沫からは、荒々しさの中に一瞬を閉じ込めた美が光ります。
◆村上翠亭(1928~2018)
村上翠亭さんの書の面白さといえば、なんといってもその多彩な書風といっていいでしょう。
上の写真は、16mほどもある折帖の裏表に75枚の書を貼り付けた《翠亭躁恣冊》の一部分。
『徒然草』や松尾芭蕉、小林一茶から聖書まで、時代も国も問わない詩や句が題材に選ばれていますが、平安朝の古筆のような書風もあれば、現代的で自由な書風もあり……。とても一人で書き上げたとは思えない、表現の引き出しの多さに驚かされます。
《ガラス戸》は、ガラスに指で落書きする様子を詠んだ子どもの詩を題材にしている作品です。オバQらしきキャラクターが描かれていたり、「し」が鏡文字になっていたり。まるで本当に子どもが書いたかのような演出も盛り込まれた、微笑ましさたっぷりの村上さんの代表作の一つです。
◆岡美知子(1932~)
万葉仮名で作品を制作する岡美知子さんの書の中でもユニークなのは、本展のために書き下ろされた、万葉仮名に対応する平仮名を同じ書の中に認めている作品。
たとえば《大友旅人の歌(万葉集)》は、濃墨・万葉仮名で書かれた「和可則能尓……」に、淡墨・平仮名で「わがそのに……」と読みが重ね書きされています。
一歩間違えれば画面がごちゃつきそうですが、空間を開けて・狭めての絶妙な緩急でとられたバランスが、むしろ作品にすっきりとした印象をもたせるから不思議なもの。
万葉仮名から平仮名が生まれる時間の推移を表すように、濃墨から淡墨へ変化させているのか。平仮名は漢字の影であるという演出なのか。想像がさまざまにかき立てられます。
◆小山やす子(1924~2019)
書の分野で女性初の文化功労者に選出された小山やす子さんの展示作品は、ただただ圧巻の一言。
六曲一双で仕立てられた《伊勢物語屏風》は小山さんの代表作。梅の幹や藍をふんだんに使い特別に誂えた最高品質の料紙に、箔や砂子を豪華に撒いて描かれた下絵は、離れて見ると風景が浮かび上がるように仕立てられています。
小山さんの書は平安朝の伝統的なかな表現の美しさに、現代的感性をプラスした華やかさに魅力がありますが、料紙の良さを生かしつつ、いかに自らの書もベストな状態で読めるよう配置するかという工夫も見どころです。特に、左隻に描かれた巨大な月の上で織りなされる書の配置の妙は、驚くほど瀟洒ではないでしょうか。
《三十六人家集屏風》は、料紙として色とりどりの継紙(色や質感が違う複数の紙を一枚に貼り合わせたもの)が使われています。
貼り交ぜられた流麗なかな書は、一枚一枚が鑑賞に十分堪えうる完成度というのも贅沢な使い方。カラフルな継紙の図柄が目を引きますが、その中であえて色が入っている部分だけに文字を書いたり、逆に白い部分だけに書いたりと変化させる工夫にも注目してみてください。
屏風に散らされた料紙の中で、かなが散らし書きされているという二重構造もポイントでしょう。屛風の中で繰り広げられる多彩な響き合いが、一つの作品として見事な調和をつくり、無二の美しさを生み出しています。
◆榎倉香邨(1923~)
榎倉香邨さんの書には、省略された筆線や、文字を文字として成立させるギリギリまでデフォルメされた字形が多く登場します。
若山牧水の短歌を題材にした《炎》はそれが顕著。激しく横にひしゃげた文字がある一方で、縦にぐっと引き伸ばされたもの、極限まで簡略化されたものなど、線の表情の豊かさに引き込まれます。筆線が針のように、もしくは刃物のように細く鋭いのも面白いところ。
抽象化により生まれた緩急は、ともすれば間延びした印象を作品に持たせる可能性もありそうですが……。本作は最後の「今」という一字に至るまで変わらず(むしろ「今」こそが最も)、緊張感を帯びて精彩を放っている点にも惹きつけられます。
連動企画・東京都美術館コレクション展「読み、味わう昭和の書」も開催中(※本展のみ~12/28に会期変更)
最後に、近代詩文書を提唱した金子鷗亭をはじめ、森田安次や青木香流、徳野大空といった昭和を代表する作家の書が鑑賞できる「読み、味わう昭和の書」の展示作品もいくつかご紹介します。
「読み、味わう現代の書」の開催は、2021年1月7日までと残りわずか。
もともと書が好きだという方はもちろんですが、書の楽しさを知りたい方、そして本当に良い作品にまずは触れてみたいという書のビギナーも、この機会を逃さずぜひ足を運んでみてください。
上野アーティストプロジェクト2020「読み、味わう現代の書」
会期 | 2020年11月18日(水)~2021年1月7日(木) |
会場 | 東京都美術館 ギャラリーA・C |
休室日 | 12月7日(月)、21日(月)、29日(火)~2021年1月3日(日) |
開室時間 | 9:30~17:30(入室は閉室の30分前まで) |
観覧料 | 一般 500円 / 65歳以上 300円 ※学生以下は無料 ※身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳をお持ちの方とその付添いの方(1名まで)は無料 |
公式サイト | https://www.tobikan.jp/exhibition/2020_uenoartistproject.html |
主催 | 公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館 |
協力 | 産経国際書会、一般財団法人毎日書道会、読売書法会 |
後援 | 朝日新聞社、産経新聞社、毎日新聞社、読売新聞社 |