2021年4月13日から5月30日まで、東京・上野にある東京国立博物館で特別展「国宝 鳥獣戯画のすべて」が開催中です。※2021年6月1日追記 新型コロナウイルス感染拡大防止のため臨時休館していましたが、6月1日より再開、また6月20日まで会期が延長されました。最新情報は公式サイトよりご確認ください。
擬人化した動物や人々の営みが生き生きと描かれた、時代を越えて人々の心をとらえ続ける日本絵画史屈指の名作《鳥獣戯画》。その全4巻・全場面を一挙公開という展覧会史上初の試みで話題を集める本展を取材しましたので、展示内容や見どころをレポートします。
※会期は前期(4月13日~5月9日)と後期(5月11日~30日)に分かれます。本記事において写真付きで紹介する作品に関しては、下部の情報欄に期間表記がないものはすべて全期展示です。
意外と知らない? 謎多き《鳥獣戯画》の世界
《源氏物語絵巻》《伴大納言絵巻》《信貴山縁起》と並んで日本四大絵巻の一つとして数えられ、京都の古寺・高山寺が守り伝えてきた国宝《鳥獣戯画》。
日本絵画のなかでも抜群の知名度を誇りますが、《鳥獣戯画》が別名《鳥獣人物戯画》とも呼ばれ、動物だけでなく人物も描かれていることや、制作にかかわった絵師が一人ではないと推定されていることなど、全体像を把握している人は意外に少ないのではないでしょうか。
今から800年ほど前、平安時代の終わり~鎌倉時代の初め頃にかけて段階的に描かれたとされる本作ですが、実は作者、制作目的、高山寺への収蔵経緯など、詳しい背景のほとんどが未だ明らかになっていないミステリアスな作品です。
全4巻の巻ごとに関連性があるといえばあるが、最初からシリーズものとして構想されたわけではなさそう……。
一般的な絵巻に記されている詞書(ことばがき)と呼ばれる文字情報が一切なく、共通したテーマがあるのかさえわからない……。
というように、一度目にすれば忘れないタイムレスな絵のセンスと比較して、その他の情報はどこまでもぼんやりと実体を見せない作品といえます。
作品を読み解くには真摯に作品そのものと向き合うしかありませんが、その底の知れなさが研究者たちの探求心をかき立て、私たちを惹きつける要素となっているのは間違いないでしょう。
本展は、そんな謎多き《鳥獣戯画》の世界を一望できるまたとないチャンスです。
特別展「国宝 鳥獣戯画のすべて」の会場の様子と展示内容
2つの会場の空間を贅沢に使った本展は、3章仕立てで構成されています。ここからは各章それぞれの展示内容を紹介します。
【第1章】国宝 鳥獣戯画のすべて
甲・乙・丙・丁の全4巻、合わせて約44メートル(!)にもなる全場面を、会期を通じて一挙展示するという取り組みが目玉の第1章。会期中に巻き替えが実施されていたこれまでの展覧会では叶わなかった、筆運びや表現の差異など各巻の横断的な見比べができるのがファンにとってはたまらないポイントでしょう。
また、第1章では動く歩道を設置して《鳥獣戯画》を鑑賞してもらおうという前代未聞の挑戦も見逃せません。
一番人気があるだろう甲巻の前に設置したのは新型コロナウイルス感染症対策を視野に入れたものかと思いますが、人と押し合うこともなく、とてもゆっくりとした動きなので「速すぎて見られなかった!」といった不都合もなく……。誰もが最前列でじっくり作品に向き合うことができる画期的な設備だと感じました。
そもそも絵巻は右から左へ、広げて、巻き上げて、また広げてという動的な鑑賞方法で楽しむもの。この試みは、自ら絵巻を紐解いているかのように感じてほしい、という主催側の粋な計らいともとれます。
【第2章】鳥獣戯画の断簡と模本――失われた場面の復原
第2章では、部分的に欠落した絵巻の一画面を掛け軸にした断簡や、原本で失われた画面を写し留めている模本が展示されています。
実は、現在まで伝わっている《鳥獣戯画》の原本にはいくつか画面の欠けがあり、現状の甲巻は錯簡(画面の順序が入れ替わること)の指摘もあるそうです。そこで本展では原本・断簡・模本を国内外から集結。かつて存在した「鳥獣戯画のすべて」を俯瞰しようと試みています。
たとえば《鳥獣戯画断簡(東博本)》の左側、蛙が持つ蓮の傘の下辺りに黒い点々が見えますが、これは現状の甲巻の第16紙に描かれた萩の花とつながるため、この断簡がもともと第16紙の前に位置していたことが判明しています。
画面の内容が現状の甲巻第11紙以降に相当する《鳥獣戯画模本(長尾家旧蔵本)》は、甲巻が錯簡となる以前の状態を写しているとのこと。さらに、高跳びをする兎と猿といった現状では確認できない画面も留めているなど、かつての甲巻を知るために非常に役立つ資料となっています。
このようにさまざまなヒントをかき集めて、謎を解くように全貌を明らかにしていく行為に胸がときめくという方も多いのでは。ここから第1章の原本に戻ってみれば、1回目の鑑賞時とは違った楽しみ方ができそうです。
【第3章】明恵上人と高山寺
奈良時代の創建とされ、学僧・明恵(みょうえ)上人によって鎌倉時代に再興された京都の高山寺は、《鳥獣戯画》のほかにも多くの文化財が伝わっています。
第3章では、28年ぶりの寺外展示となる重要文化財《明恵上人坐像》や、生涯にわたって明恵上人が記した夢の記録《夢記》、明恵上人の和歌をまとめた《明恵上人歌集》など、多くの人々に慕われた明恵上人の人柄がうかがえる高山寺ゆかりの美術品が展示されています。
ゆかりの品々を見ていくにつれ、明恵上人にどこか親しみやすさを覚えていきます。どうやら明恵上人の存命中は《鳥獣戯画》は別の場所で保管されていたそうですが、小動物や草木にも愛情を注いだと伝わる明恵上人が礎を築いた高山寺だからこそ、《鳥獣戯画》が大切に守られてきたのだろうと想像がふくらみました。
見れば見るほど面白い!《鳥獣戯画》4巻の見比べ
先述のように、全巻全場面展示ならではの楽しみ方といえば横断的な見比べです。面白いものをいくつか取り上げます。
甲巻と丁巻の法会の場面です。甲巻に描かれた泣く猿や扇を持つ兎などが、丁巻では同じような恰好や動作をする人間として配置。動物たちでパロディしたモチーフをさらに人間でパロディするという非常に面白い構図になっています。
動物戯画は甲巻と丙巻後半に描かれていますが、甲巻の動物が烏帽子をかぶっているのに対し、丙巻の動物は帽子に見立てた葉っぱをかぶっています。
同じ擬人化の手法を用いながら、甲巻の動物はより人間らしく振舞い、丙巻の動物はやや動物らしさが残っていることにどんな意図があるのでしょうか? 謎は深まるばかりです。
前半が日本動物、後半が異国動物・空想上の動物とモチーフがわかれている乙巻は、筆致の微妙な違いも興味深いところ。
異国動物・空想上の動物はやや慎重でかっちりした筆運びになっていますが、これは絵師の違いによるものではなく、絵師が手本を参考にしながら描いたためと考えられています。知らない動物を間違って表現しないよう、お手本に忠実に描いた結果というわけですね。
巻や画面をまたいだ見比べではありませんが、ぜひ確認してほしいのがこちら。一見すると稚拙な技量の絵師が書いたと思われがちな丁巻ですが、画面左で振り返っている公家風の男の顔を見ると、右で騒いでいる男たちと比較して非常にわかりやすく“上手い”ことが伝わるはず。
おおらかな画風は、確かな技量をもった絵師があえてそのように描いていることが理解できるポイントなので必見です。
終わりに
ミュージアムショップでは、《鳥獣戯画》に登場する動物たちをあしらったTシャツやマスキングテープなどかわいいアイテムが目白押しですが、やはり一番の注目アイテムは、ほぼ原寸大の全巻全場面やさまざまな論考を収めた公式図録でしょう。400ページ越えの大大大ボリュームでまさに決定版という趣なので、ファンの皆さんはこの機を逃さないようチェックしてください。
ちなみに、本展の音声ガイドナビゲーターは人気声優の山寺宏一さんと恒松あゆみさんが担当しています。軽妙な語り口で、子どもでも楽しく聴けるような平易な言葉で解説されていますので、鑑賞のお供にぜひ。
墨による単色の線描でありながら、実に豊かな表現で私たちの心をつかんで離さない《鳥獣戯画》の世界。本展に足を運び、自分なりに作品を読み解いて“謎解き”に挑戦してみるのも一興かもしれません。
<特別展「国宝 鳥獣戯画のすべて」概要>
※本展は事前予約制です。オンラインでの日時指定券の予約が必要です。詳細は展覧会公式サイトをご確認ください。また、国宝《鳥獣戯画 甲巻》は動く歩道でご覧いただけます。
会期 | 2021年4月13日(火)~5月30日(日) 会期が6月20日(日)まで延長されました。最新の情報は公式サイトをご確認ください。 ※会期中、一部作品の展示替え、および場面替えがありますが、国宝《鳥獣戯画》4巻は会期を通じ、場面替えなしで全場面を展示します。 |
会場 | 東京国立博物館 平成館 |
開館時間 | 午前9時~午後7時(最終入場は午後6時) 会期延長を受け、開館時間が午前8時30分~午後8時(最終入場は午後7時)に変更されました。 ※ただし、6月14日(月)は午後1時~午後8時開館 |
休館日 | 月曜休館 ※ただし5月17日(月)は開館 ※5月17日(月)総合文化展は休館 |
観覧料 | 一般 2,000円、大学・専門学校生 1,200円、高校生 900円 ※中学生以下、障がい者とその介護者1名は無料ですが、「日時指定券」の予約や学生証、障がい者手帳等の提示が必要です。詳細はこちらからご確認ください。 https://chojugiga2020.exhibit.jp/ticket.html |
主催 | 東京国立博物館、高山寺、NHK、NHKプロモーション、朝日新聞社 |
協賛 | 鹿島建設、損保ジャパン、凸版印刷、三井物産 |
公式ページ | https://chojugiga2020.exhibit.jp/ |
参考資料:「特別展『国宝 鳥獣戯画のすべて』図録」