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2018年2月24日(土)~5月27日(日)の期間、国立西洋美術館では「プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光」が開催されています。2月23日に内覧会が開催されましたので、その様子をお伝えいたします。
マドリードにあるプラド美術館は、スペイン王室の収集品を核に1819年に開設された、世界屈指の美の殿堂です。本展では、西洋美術史上最大の画家のひとりであるディエゴ・ベラスケス(1599-1660年)の作品7点を軸に、17世紀絵画の傑作など61点を含む約70点が展示されています。
17世紀のスペインは、ベラスケスをはじめリベーラやスルバラン、ムリーリョなどの大画家を輩出しました。その背景として、歴代スペイン国王がみな絵画を愛好し収集したことが挙げられます。宮廷には、イタリアやフランスといった外国作品のほか、裸体の絵画など一般では見られなかった作品も集められました。国王フェリペ4世の庇護を受けていた宮廷画家ベラスケスもまた、宮廷コレクションに触発され大成しています。本展は、ベラスケス作品が観覧できるだけではなく、17世紀マドリードの宮廷におけるアートシーンに触れることができる機会となります。
”秘密の部屋”の神話画
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ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《音楽にくつろぐヴィーナス》1550年頃 マドリード、プラド美術館蔵
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ペーテル・パウル・ルーベンス、ヤーコプ・ヨルダーンス《アンドロメダを救うペルセウス》1639-41年 マドリード、プラド美術館蔵
スペインの大画家は、あまり神話画を手がけませんでした。それにも関わらず、スペインの王侯貴族のコレクション目録では、非常に高い割合で神話画が登場します。スペインは、他のヨーロッパの絵画制作地から作品を調達していたのです。
スペイン大画家たちがあまり神話画を手がけなかった理由として、神話を描くことは裸体の描写と直結していたことが挙げられます。画家たちにとって裸体は自分の能力の高さを最もよく示すことができる機会である一方、道徳的観点からすれば猥褻さと結びつく危険な領域でもありました。その結果として、スペインでは特に1630年代以降、裸体画を描くことや裸体画を公の場に飾ることが重罪とされるようになりました。
しかしながら、王室では”秘密の部屋”と呼ばれるような立ち入りの制限された空間に裸体画像が集められていました。王室コレクションの神話画は、美と官能性を伝えるだけでなく、道徳的、世俗的、政治的な意味合いを帯びることも多くありました。神話表現は権力について語る際に最もよく使われた手段の一つだったためです。
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ビセンテ・カルドゥーチョに帰属《巨大な男性頭部》1634年頃 マドリード、プラド美術館蔵
ブエン・レティーロ宮殿の「王妃の私室」と呼ばれる場所に飾られていた《巨大な男性頭部》は、巨人の頭部を描いたものである可能性が指摘されています。眼光鋭く見つめるこの壮年男性は、「王妃の私室」を護る門番として掛けられていたのかもしれません。
権力を誇示するための肖像画
フェリペ4世の時代は、一般的に肖像画というジャンルは物語画よりも劣るものとされていました。しかし、宮廷画家たちの日常的な仕事は肖像画の制作でした。それは、内外に権力を誇示するために重要な役割を持っていたためでした。ベラスケスもまたその主たる作品は肖像画であり、それは作品全体の80パーセント以上と推測されています。
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ディエゴ・ベラスケス《狩猟服姿のフェリペ4世》1632-34年 マドリード、プラド美術館蔵
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フェリクス・カステーリョ《西ゴート王テオドリック》1635年 マドリード、プラド美術館蔵
外国からもたらされた風景画
風景画は神話画と同様、17世紀のスペイン人画家にとって比較的疎遠だったジャンルでしたが、17世紀スペインの王侯貴族のコレクションに風景画は頻出していました。それらの風景画の大半がスペイン人ではない画家による制作で、イベリア半島外から輸入されたものでした。
また、ベラスケスは第1次イタリア旅行(1629-31年)中にローマで同地の風景画制作に触れて刺激を受けました。その後1630年代に制作された何点かの肖像画の背景に、マドリード北西郊のグアダラマ山脈に基づく山並みを遠景で描き込んでいます。
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ディエゴ・ベラスケス《王太子バルタサール・カルロス騎馬像》1635年頃 マドリード、プラド美術館蔵
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サルヴァトール・ローザ《海景》1638-39年 マドリード、プラド美術館蔵
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フランシスコ・コリャンテス《羊飼いの礼拝のある冬景色》1630-50年 マドリード、プラド美術館蔵
フランシスコ・コリャンテス《羊飼いの礼拝のある冬景色》に描かれているのは、新約聖書に語られる伝統的な「羊飼いの礼拝」の場面。17世紀スペイン絵画史では珍しい雪景です。画面左手前に前景として点景人物を描き、そこから右上に対角線上へと広がるパノラマ風景を描く構成は、ピーテル・ブリューゲル(父)の作品と類似しています。
聖なる存在を身近に引き寄せる宗教画
17世紀は、”聖なる存在があたかも眼前に実在するかのように表す”という宗教芸術の本質を突き詰めた時代でした。イタリアの画家カラヴァッジョが用いた光と影の対比や、ボローニャで活躍したカラッチ一族たちによる豊かな色彩の感覚主義など、革新的な潮流がありました。こうした様々な様式を吸収し、やがてダイナミックで色彩豊かな様式を作り上げたのが、フランドルの画家ペーテル・パウル・ルーベンスでした。
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フアン・バウティスタ・マイーノ《聖霊降臨》1615-20年 マドリード、プラド美術館蔵
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ペーテル・パウル・ルーベンス《聖アンナのいる聖家族》1630年頃 マドリード、プラド美術館蔵
このように、本展はプラド美術館やベラスケスという名前を冠してはいますが、単なるスペイン美術展やベラスケス展ではありません。マドリードの宮廷だからこそ集められた、17世紀の国際的な絵画が並ぶ展覧会となっています。皆さまもぜひ足を運んで、17世紀のアートシーンに触れてみてはいかがでしょうか。
開催概要
展覧会名 | 日本スペイン外交関係樹立150周年記念 プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光 |
会期 | 2018年2月24日(土)~5月27日(日) |
会場 | 国立西洋美術館 東京都台東区上野公園7-7 |
休館日 | 月曜日 ※3月26日(月)、4月30日(月)は開館 |
開館時間 | 午前9時30分 – 午後5時30分 (金曜日、土曜日は午後8時まで) ※入館は閉館の30分前まで |
観覧料金 | 一般1,600円(1,400円)、大学生1,200円(1,000円)、高校生800円(600円) ※括弧内は団体料金。団体料金は20名以上。 ※中学生以下は無料。 |
URL | http://prado2018.yomiuri.co.jp |
巡回展 | 2018年6月13日(水)~10月14日(日) 兵庫県立美術館 |
記者発表会レポートはこちら:
https://home.ueno.kokosil.net/ja/archives/18393