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「フェルメールと17世紀オランダ絵画展」会場レポート。修復された《窓辺で手紙を読む女》の印象はどう変わる?(東京都美術館で~2022年4月3日まで)

 
17世紀オランダを代表する画家、ヨハネス・フェルメールが手掛けた《窓辺で手紙を読む女》。その大規模な修復作業により取り戻された“本来の姿”を、所蔵館以外で世界初公開する展覧会「ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展」が、東京都美術館にて開催中です。
会期は2022年2月10日(木)から4月3日(日)まで。

開催に先立って行われた報道内覧会に参加してきましたので、展示内容をレポートします。

 

※特別な記載のない作品はすべてドレスデン国立古典絵画館所蔵です。

 

会場風景

会場風景

 

《窓辺で手紙を読む女》に現れたキューピッドの画中画

 

2017年から2021年にかけて大規模な修復プロジェクトが行われた、ドレスデン国立古典絵画館が所蔵する《窓辺で手紙を読む女》ヨハネス・フェルメール(1632-75)が歴史画から風俗画に転向して間もない初期の傑作です。窓から差し込む光の表現や、室内で手紙を読む女性像など、今日の私たちが知るフェルメールらしいスタイルが確立されたターニングポイントといえる作品でもあります。

 

こちらは修復前の姿。 ザビーネ・ベントフェルト《複製画:窓辺で手紙を読む女(フェルメールの原画に基づく)》2001年 個人蔵

 

修正された本作の最も大きな変化は、背後の壁面に隠されていたキューピッドの画中画が復元されたこと。
もともと画中画の存在自体は、1979年に行われたX線調査によって明らかになっていましたが、それは作家自身が塗りつぶしたものと考えられてきました。しかし、修復プロジェクトの過程でフェルメールの死後、第三者が上塗りしたものだったと判明したそうです。

専門家チームは本作を、フェルメールのアトリエから出された1658年頃に近い状態に戻すことを決めました。そして修復後、まずドレスデン国立古典絵画館でお披露目されたのち、世界に先駆けて本展で公開されることになったのです。

 

ヨハネス・フェルメール《窓辺で手紙を読む女》(修復後)1657-1659年頃

 

画中画に描かれた愛の神であるキューピッドは、嘘や欺瞞を象徴する仮面を踏みつけながらどことなく誇らしげな表情を浮かべています。

 

ヨハネス・フェルメール《窓辺で手紙を読む女》(修復後)(部分)1657-1659年頃



 

展示解説によれば、このキューピッドの原型は当時流行していた寓意図像集にあるそう。内包する意味は「誠実な愛は嘘や偽善に打ち勝つ」ということで、女性の読んでいる手紙が恋文であることは明らかであり、寓意に関連づけたメッセージも受け取ることができるとか。

本作の隣には修復前の複製画が展示されているので、違いを見比べて楽しめます。

修復前の女性はどこか感情の読み取れないミステリアスな印象で、憂いや落胆といった少し陰鬱な気配も受け取れましたが……。ラブレターを前提に修復後の本作を鑑賞してみると、頬の赤らみが目につきますし、そっと落とされた眼差しには手紙の相手への深い思いがにじんでいるような気がして、かなり見え方が変わりました。

 

ヨハネス・フェルメール《窓辺で手紙を読む女》(修復後)(部分)1657-1659年頃

 

また、経年劣化により変色したニスや汚れが取り除かれ、画面全体が明るくなっている点にも注目です。壁の白が顕著ですが、窓枠のフェルメールブルーや画面手前に広がるタペストリーの赤も鮮やかになっています。女性の金髪などに見られる、フェルメールの得意とするポワンティエ技法(光の反射する場所やハイライトを白い点で描写する技法)による光の表現も、より美しく輝くかのようでした。

カーテン、タペストリー、窓枠、椅子、画中画に囲まれた女性の立ち姿のバランスは計算されつくしていて、画面がごちゃつくことなく奥行きが強調された印象です。キューピッドがカーテンを開けて、こっそり女性の姿をのぞかせてくれるように配置されているのも面白いですね。

 

ところで、画面の4分の1ほどを占める画中画が出現したことで、画面が狭くなったように感じるのは仕方のないことかなと考えていたところ……実は修復前と修復後で、本当に画面が狭くなっていることに気づきました。画面の上下左右、四辺とも少しずつ端が見えなくなっているのです。

 

上辺を見ると、修正前はカーテンレールの上に空間が続いていますが、修正後はまるごとなくなっています。
【上】ザビーネ・ベントフェルト《複製画:窓辺で手紙を読む女(フェルメールの原画に基づく)》(部分)2001年 個人蔵 /
【下】ヨハネス・フェルメール《窓辺で手紙を読む女》(修復後)(部分)1657-1659年頃

 

なぜ? と公式図録をチェックしてみると、どうやら四辺も第三者による上塗りと発覚したため取り除いてしまったようです。もともと、その部分は未完成というか、塗りつぶしてしまったワイングラスの消し残しやただの濃淡のムラがあるばかりだったそう。

ドレスデン国立古典絵画館の上席学芸員であるウタ・ナイトハルト氏は、四辺は本来額縁で隠されていたのではないか。錯視効果を高める目的で、カーテンレールの上部など現在は欠けているように見える要素が額縁に直接描かれていたのではないか、と推測していました。

真相はわかりませんが、いずれにせよ、長年愛されてきた《窓辺で手紙を読む女》が劇的な変身を遂げたことに変わりありません。修正前の絵のすっきりとした雰囲気が好きという方は今回の修復に複雑な思いがあるかもしれませんが、実物を見れば、喪失感だけでなく蘇った傑作の新たな魅力もきっと見つけられるはず。

 

なぜキューピッドは消されてしまったのか?

 

修復プロジェクトに関する映像

 

本展では大きくスペースを使って、修復プロジェクトの全容を解説パネルや修復中の様子を収めた映像などで詳しく紹介しています。顕微鏡を覗きながら解剖刀で少しずつニスや汚れを取り除いていく作業のあまりの細かさには気が遠くなりそうで……。4年も費やした修復作業が、どれだけ細心の注意を払って行われていたのかが伝わる展示となっています。

 

修復プロジェクトに関する映像

 

そもそも、《窓辺で手紙を読む女》がなぜ、誰によってこれほどの改変を加えられたのかは興味が引かれるところですよね。しかし、それは大規模な調査を経た現在も謎のままだということです。

キューピッドの画中画が良好な状態であることから、保存上の理由ではなく、一時的な趣味や流行の変化といった美的配慮による手入れの可能性があるそう。なんと軽率なことかと、現在の我々の感覚からすると恐れおののくばかりですが、当時のフェルメールは今ほど有名ではなかったそうで……。

実は、本作が1742年にドレスデン国立古典絵画館の基礎となったザクセン選帝侯のコレクションに加わった際には、フェルメールではなくレンブラント・ファン・レインの作品だと見なされていたとか。ヨーロッパで絶大な人気を誇っていたレンブラントの作風に寄せるために画中画が消されたのでは? という見方もあるようです。

 

アントン・ハインリヒ・リーデル《窓辺で手紙を読む女性(フェルメールの原画に基づく)》1783年 ドレスデン版画素描館蔵

 

同スペースでは、1783年、1850年頃、1893年、1907年頃と、制作された年代の異なる《窓辺で手紙を読む女》の4点の複製版画についての紹介も。その展示解説によれば、《窓辺で手紙を読む女》の作者であると誤認された人物はレンブラントだけでなく、時代によりレンブラントの弟子のホーファールト・フリンクだったり、ピーテル・デ・ホーホだったりと紆余曲折。フェルメールの作品だと認められたのは1862年だというから驚きです。あちこち改変されて、作者がコロコロ変わってと、なにかと不遇の作品だったことがわかりました。

 

17世紀オランダの黄金時代を彩った珠玉の絵画たち

 

ヤン・ステーン《ハガルの追放》1655-57年頃

ワルラン・ヴァイヤン《自画像》1645年頃

ハブリエル・メツー《鳥売りの男》1662年

ヘンドリク・アーフェルカンプ《そりとスケートで遊ぶ人々》1620年頃

ヤーコプ・ファン・ライスダール《城山の前の滝》1665-70年頃

 

17世紀のオランダといえば、ヨーロッパのなかでもいち早く市民社会を実現させた国であり、絵画のパトロンの多くは教会や王侯貴族ではなく市民でした。大仰な歴史画ではなく私邸で日常的に親しめる小ぶりな風俗画(室内画)が好まれ、それまで宗教画や歴史画のわき役だった風景や静物を主役にした風景画、静物画もジャンルの一つとして確立。社会的地位の向上を反映する肖像画も目覚ましい発展を遂げました。

ごく細部にまで及ぶ写実的な描写と、ときに象徴的な絵画的レトリックを用いながら、オランダの生活や文化をリアルに、もしくは現実を凌駕するリアリティで描き出す。まさに絵画の黄金時代と呼ぶにふさわしい豊かな絵画表現が花開いた時期です。

本展では、そんな17世紀オランダ絵画の黄金時代を彩る、フェルメールと同時代に活躍したレンブラント、ハブリエル・メツー、ヤーコプ・ファン・ライスダールなど、ドレスデン国立古典絵画館所蔵の絵画約70点を展示しています。

 

レンブラント・ファン・レイン《若きサスキアの肖像》1633年

 

レンブラントをはじめとする肖像画の多くは、巧みな光と影の描写が目を引きます。

レンブラントが自身の妻を描いたとされる《若きサスキアの肖像》は、古代風の衣装や顔の上半分に差す影などから、一般的な肖像画というよりは架空の頭部習作である「トローニー」だと考えられているとか。レンブラントらしいスポットライトを当てたようなダイナミックな明暗描写で、怪しげな微笑みがより一層ミステリアスに映ります。真夜中にこの絵を見てしまったら怖くて眠れなくなりそうです……。

 

ミヒール・ファン・ミーレフェルト《女の肖像》制作年不詳

 

《女の肖像》を描いたミヒール・ファン・ミーレフェルトは、オランダのデルフトで最も人気と影響力のあったとされる肖像画家。彼に肖像画を書いてもらうことは大変な名誉であると、貴族や裕福な市民から多くの依頼を受けていたとか。

《女の肖像》に描かれているのは裕福な貴族の女性で、凛とした立ち姿と眼差しが印象的です。白い襞襟のつややかさや透明感の表現にも唸りますが、注目してほしいのは肌の色つやと質感! 上品でありながら生き生きと輝くようで、当時の人気も納得できる魅力にあふれています。

 

ヘラルト・ダウ《歯医者》1672年

ヘラルト・テル・ボルフ《手を洗う女》1655-56年頃

ピーテル・ファン・スリンゲラント《若い女に窓から鶏を差し出す老婆》1673年

 

風俗画、特に室内画においては、日常生活の正確な観察にもとづいた精緻な作品が並びます。その多くは同時に、ピーテル・ファン・スリンゲラントの《若い女に窓から鶏を差し出す老婆》のように、教訓や寓意を示す描写により深い芸術性を作品に持たせています。一見すると少し風変わりな売買の場面を描いているようでも、実は手渡しする鳥や片側だけの靴の描写が、売春の仲介・性交の誘いといったニュアンスを忍ばせている……というふうに。

自分の感性のまま味わうのもいいですが、それらの示す意味を汲み取りながら知的に鑑賞するのも面白そうですね。

 

エフベルト・ファン・デル・プール《夜の村の大火》1650年以降

 

18.5×23.5cmと非常に小さく目立ちませんが、エフベルト・ファン・デル・プールの《夜の村の大火》はあまり見かけない「火事」を扱った風俗画です。ファン・デル・プールは画家仲間と娘を火災で亡くした経験から、人生を通して火事・火災の作品制作に情熱を注いだ人物。夜半、燃えさかる家の前で家族や家財を守ろうとする人々を、唯一の光源である炎が照らしています。炎への畏怖の念や無常観がにじむ、引き込まれる作品です。

 

メルヒオール・ドンデクーテル《羽を休める雌鳥》制作年不詳

 

ワルラン・ヴァイヤン《手紙、ペンナイフ、羽根ペンを留めた赤いリボンの状差し》1658年

ヤン・デ・ヘーム《花瓶と果物》1670-72年頃

 

静物画では、当時高価だった2種のチューリップを織り交ぜたヤン・デ・ヘームの《花瓶と果物》がとびぬけて存在感を示していました。

本作は、豊かな装飾性と美的洗練を備えた静物を求める17世紀後半のコレクターたちの要望に応えたもの。明暗や色彩の力強いコントラストもすばらしいですが、花や葉の上のしずく、花瓶に映り込んだ窓、果物の光沢……。画家自身の精密すぎる観察眼と、観察したものを完璧に再現できてしまう超絶技巧には感服するほかありません。

 

ミッフィーとコラボレーションしたオリジナルグッズ

ミッフィーとコラボレーションしたオリジナルグッズ

 

なお、本展はオランダ生まれのミッフィーとコラボしています。展覧会オリジナルグッズとして、2種のぬいぐるみやシーリングワックスセットなど「手紙」をテーマにしたさまざまな商品が展開されていました。ファンの方はお見逃しなく!

 

「ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展」開催概要

会期 2022年2月10日(木)〜4月3日(日)
会場 東京都美術館 企画展示室
開館時間 9:30~17:30 (入室は閉室の30分前まで)
※金曜日は9:30~20:00
休館日 月曜日(※3月21日は開室)、3月22日(火)
入場料 一般 2100円 / 大学生・専門学校生 1300円 / 65歳以上 1500円
※本展は日時指定予約制です。詳しくは展覧会公式サイトチケットページでご確認ください。
https://www.dresden-vermeer.jp/ticket/
主催 公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館、 産経新聞社、 フジテレビジョン
お問い合わせ 050-5541-8600(ハローダイヤル)
展覧会公式サイト https://www.dresden-vermeer.jp/

 
※記事の内容は掲載時点のものです。最新の情報は展覧会公式サイト等でご確認ください。
 

 

<過去の取材記事>
特別展「ポンペイ」会場レポート。2000年前に滅んだ古代都市の実像に迫る(東京国立博物館で~2022年4月3日まで)

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